パーソナリティ障害宿泊心理センターでは、入所者の皆さんの母親代わりとなってくれるとても重要なスタッフがいます。
「もとみさん」の愛称で親しまれる彼女は、皆さんの実の母親とは全く違ったパーソナリティを持っています。
正直で、ポジティブで、いつもまっすぐに感情を出してくれる。
そんなもとみさんは、一般的な母親とはかけ離れた素晴らしい価値観を持っていることも大きな魅力です。
今回は、当施設に欠かせない“名物お母さん”であるもとみスタッフについて、その魅力をご紹介してみたいと思います。
【目次】 1.落とすも母、救うも母 2.怒るではなく、叱る 3.新たな価値観を |
1.落とすも母、救うも母
子どもにとって、この世界における母という存在の大きさには計り知れないものがあります。
ことパーソナリティ障害においても母との関係はとても影響が強く、母が要因で発症してしまうことも少なくありません。
例えば、幼いころから兄弟の中で一番母との距離が近かった子どもが、母のパワーが強くて逃げることができず、共依存になって人格形成に影響が出てしまうことがあります。
そんな子どもは、「母にどうにか振り向いてもらおう」「見捨てられたくない」といった一心から、何事も厳しい目で捉えたり、ご機嫌取りをしたりするようになります。
その子にとっての家庭とは、言わば壮絶な生き残りをかけたバトルロワイヤルだったのです。
常に“競争”という概念でしか物事を見ることができず、自然と「社会は厳しく、冷酷非情な蹴落とし合いの世界だ」と認識し、社会を恐れるようになっていきます。
そういった経緯を持つ子どもが当施設へと入所されると、最初は家庭との大きなギャップに苦しむことがあります。
平和で、競争もない環境で、自分にやさしくしてくれる人に免疫がないためにうまく順応できないことがあるのです。
「こんなにやさしくされたらもう社会に出てやっていけないかもしれない…」
「人の温かさを知って(慣れて)しまったら、社会の冷たさに耐えられなくなって押しつぶされてしまう」
やさしさになじみのない環境で育ってきた子どもにとって、このような大きな不安を抱いてしまうのは当然のことなのです。
そして、そんな子どもたちに必要なものは“母親という存在”なのです。
2.怒るではなく、叱る
当施設へ入所された子どもたちは、これまでの家庭環境で植え付けられたであろう間違った価値観について指摘されることがあります。
「君は独自の価値観に縛られているようだけども、実際の社会ではそんなことはないよ」
「フランクで疲れない社会もあるし、やさしい人もどこにでも居るものだよ」
そうは言われてもまだ頭で納得できないよという状態では、仮に今すぐ社会へ出たとしても本当に潰れてしまうでしょう。
まだ人から向けられる“やさしさ”にどう対応したらいいかがわからないからです。
そんな時、良い練習相手になってくれるのが先に紹介した「もとみさん」です。
皆さんの母親役として接してくれるもとみさんの姿を見ながら共に生活を送るうちに、“正直であれ” “頑張ったんだからこれでいいや”といった姿勢を教えられます。
もとみさんは毎朝必ず入所者ひとりひとりのために仏壇の前で祈っています。
ご先祖様に感謝の気持ちを伝え、自分自身も力をもらっているのだそうです。
「そうすることで、いつもそばで見守られている気持ちになる」
「姿かたちは消えて無くなってしまっても、想いは残り、優しい気持ちは循環していく」
そう皆さんに教えてくれます。
もとみさんは、人を理解しようとする気持ちが本当に強く、自分の気持ちを直球で、まっすぐに、正直に伝えてくれます。
時には思いっきり叱ってくれることもあります。
「怒る」のではなく、「叱って」くれるのです。
自分の感情をただぶつけるのではなく、正しい方向へと導き、高い次元へと引き上げて“気づかせようと”してくれるのです。
もちろん、叱られた相手はすぐにその意味を理解することができず、もとみさんに言い返してみたり、不満や愚痴をこぼしたりもします。
怖い思いをして、しばらくその気持ちが尾を引いてずっと落ち込んでいたりもします。
ですが、こうした思い切った叱り方をする側(もとみさん)にも、当然ながら恐れや不安といったものがつきまといます。
「相手を傷つけるかもしれない」
「嫌われてしまうかもしれない」
そういった思いを抱きながらもあえて“叱る”という行為には、ものすごく精神力と勇気とエネルギーが要ることなのです。
もとみさんはいつも、自分も傷つく覚悟で真正面からぶつかってお手本を示してくれています。
「プラス面もマイナス面もどちらもあっていいんだよ」
「どちらもあなたで、ありのままでいいんだよ」
また、もとみさんはこうも言っています。
3.新たな価値観を
もとみさんは当施設にとって欠かすことのできないみんなのビッグマザーです。
入所者の皆さんの中には「彼女こそ最高のメンター(お手本)だ」と言ってくれる方もいらっしゃいます。
そんなもとみさんと一緒に長い間施設を支え、運営してきた元施設長(現顧問)に「彼女から得られるものは全身全霊で、全細胞中に吸収してほしい」と言わしめるほどです。
厳しい家庭環境で育ってきた子どもにとって、競争とは違った価値観で生きている人が世の中にたくさんいるという事実を学ぶためには、もとみさん含む当施設の個性的なスタッフとの関わりがとても効果的です。
施設という社会の縮図のような小さなコミュニティの中で人のやさしさや温かさを多く体感し、時間をかけて新しい価値観に慣れていくことができます。
競争や不安、焦りや恐怖から離れて施設でのんびり過ごす毎日は、新しい事実に気づかせてくれる絶好のチャンスです。
何もしていないように思えても、実はここでこうして生きていているという実感。
人(スタッフや仲間たち)と会話する時、感情を表に出してもいいということ。
悩みはため込まずに小さな段階で感じ取り、小出しに処理するのがコツ。
みんなで食卓を囲んで食事をすることの素朴な楽しさや尊さ。
日々のセラピー活動に加え、仲間たちとの何気ない雑談や余暇の過ごし方。
おはよう。こんにちは。おやすみ。といった簡単な挨拶が大事という気づき。
その全てが大切で、施設を出て社会で幸せになるための一歩となっていくのです。
・「パーソナリティ障害宿泊心理センター」のサポートについてはこちら