施設で皆さんの食生活を見ていると、「好きなものしか食べない」という方や「痩せたいから」との理由で無理な食事制限を課している方をよく見かけます。
「偏食を続けていては、生活習慣病や栄養失調、骨粗しょう症など、病気になってしまうおそれがある」
おそらく皆さんの認識として、こういった事実は承知の上であえてそのような食生活を続けられているのではないかと思います。
しかし、「偏食の影響によって精神の均衡が崩れ、心も不調に陥る」という研究事実については、ほとんどの方が知らなかったり、理解していないように思えます。
これはパーソナリティ障害(人格障害)のような精神疾患を患っている当事者たちにとって致命的な問題です。
そこで今回は、当施設が提唱し続けて来たトータルコンディショニング(総合回復)の一環である「回復につながる食事についての考え方」について詳しくご紹介していきます。
この機会に、パーソナリティ障害の専門家として長年向き合ってきた当施設が、食事の持つ「生きていくための原動力」としての影響力を研究し、回復のためにどう役立てているのかについて知っていただければ幸いです。
【目次】
1.楽食の実験 2.食事への意識 3.依存と食事 |
1.楽食の実験
近年の日本では、どこのご家庭でも「家族で食卓を囲む」ということがあまり重要視されなくなってきました。
その背景には、それぞれの家庭の事情はもちろん、共働きせざるを得なくなったという社会的要因も大きく関係しています。
家でひとり食事をすること(孤食)が多くなってくると、職場や学校でもひとりでの食事が自然(人と一緒でないほうが落ち着く)という感覚が身に付いてしまうおそれがあります。
加えて、昨今の感染症予防の観点から推奨されている「黙食」も、ますます「孤食」を加速させる要因として考えられます。
この「孤食」や「黙食」という食事方法は、パーソナリティ障害を始めとする精神疾患回復の現場の研究データからも大きな問題とみなされています。
孤食や黙食をせず、誰かと一緒に楽しく食卓を囲むことで、そこにはある種のコミュニケーションが発生します。
そうした食時の際に生じるコミュニケーションには、「相手の気持ちについて知り得たり、自分の気持ちを相手に伝えることができる」といった研究結果もみられます。
お互いの近況報告が出来たり(相互理解)、他愛のない話で盛り上がったりと、食卓を囲むことで得られる恩恵はいくつもあります。
しかし、孤食や黙食のようにひとりで黙々と食べていたのでは、せいぜい自分の世界で妄想にふける以外何も得ることはないでしょう。
「誰かと囲む食卓」は、それ自体が非常に有意義な時間を過ごすことにつながる良質なコミュニケーション手段なのです。
当施設が行ってきた社会性実験の結果から出た答えは、入所者の方が個室でひとり食事をとることがないよう、誰かと顔を合わせながら食事のできる「居心地の良い食堂」での食事体験へと行き着きました。
食堂には入所者仲間やスタッフなどがおり、同じ空間で一緒に食事をしたり話をしたりもできます。
これは、まだ実験的ではありますが「家庭のあるべき食卓の姿」を意図して再現しています。
なぜこうした工夫が必要になってくるのかというと、当施設へ入所される子供のほとんどは家庭の事情などから暖かな食卓を囲んだ経験が乏しい方が多い傾向にあるためです。
そんな彼ら・彼女らにとって、誰かと一緒に食事をするということはとても新鮮で楽しい体験となり、心に大きな影響をもたらしてくれることがわかってきたためです。
これこそが「楽食」と呼ばる当施設が大切にしている心の回復のための食事方法なのです。
2.食事への意識
皆さんは、普段から自分の食べる物に対してどのような意識を持っていらっしゃいますか?
過去、当ブログ内でも「精神疾患と食事の関係性」という記事の中で次のことについて触れたことがあります。
「食事とは単に栄養摂取だけにとどまらず、心にも大きな作用をもたらしてくれる」
「心と身体は密接につながっており、切っても切り離せないものである」
食事は心にも確かな影響力を持っており、身体と心の双方のためにも疎かにしていいものではありません。
パーソナリティ障害の方にも、そうでない方にも、人が生きていくためという意味でも食事は非常に大切なものです。
もちろん、入所利用者がみな食事への意識が低いというわけではなく、中には健康オタクを自称するほど気を遣っている方なども見受けらました。
しかし、割合で言えば利用者の中で食事に気を遣えている方はさほど多くはなく、むしろ少数派(データ上3%ほど)でした。
大半の方が「全く気にしていない方」や「意識しているけど実践できない方」というのが実情です。
質問アンケートによれば、10代~20代の若い世代は9割が食事に気を遣っておらず、30代辺りからちらほらと体型や身体の健康を気になさる方がいらっしゃるといった感じです。
こうした現状に対し、スタッフが食事に対する個々の意識の低さを咎めたりはしていません。
人によっては、今の食事スタイルを崩すことで症状や状態が悪化したという過去のデータもあるためです。
先に述べてきたように、当施設では自発的に食事に対する意識の変化が起こるよう、施設での生活を通して無理なく変わっていけるような工夫(自然回復)の試みとして楽食を行ってきました。
これは、長い臨床研究をの中で「食事が心に作用する体験」を何度か経ていくことで、自分が行ってきた孤食や偏食などに対して見直す機会を得ることにつながっていると実感できたためです。
楽食がもたらす意識改革は、確実にパーソナリティ障害の心に大きく響き、快方へ向かう良い傾向へと導いてくれることは、当社比80%という数字からも明らかです。
3.依存と食事
コンビニの食品やスーパーのお惣菜、インスタント食品やファストフードなど、今の時代は美味しい物が簡単に手に入ります。
とは言え、健康を気にし出したら添加物や人工甘味料、油分や糖分、カロリーなどに抵抗を感じるようになり、食べられるものがごく限られてきてしまいます。
しかし、食べたことのある方ならわかると思いますが、添加物たっぷりのコンビニの食品やトランス脂肪酸たっぷりのファストフードなどはとても美味しかったりします。
こうしたジャンキーなものを食べて満たされるような気持ちになることも、「心が満たされる食事」には違いないでしょう。
では、パーソナリティ障害のような「心を病んでしまっている(心が満たされない)方」は、皆ジャンキーな食べ物を食べていれば良いということなのでしょうか?
これはある意味正解とも言えますが、実践するには十分な知識と理解が必要です。
例えば、ファストフードを月に2~3回ペースで食べた程度で健康被害には直結する心配はありません。
しかしこれが週に4~5回ペースで食べているとしたらどうでしょう。
食事によって得られる満足感よりも、直面する健康被害や体型の変化などが悩みの種となり、必ず心に悪い影響が出てしまうはずです。
結論から言えば、何事もバランスが大事ということになります。
普段は身体に気を遣った食事を心がけ、時には自分へのご褒美として美味しい物、食べたい物を食べるのが最適解です。
このような食生活を送ることで心にゆとりが生まれ、心体のバランスが整い、ストレスを極力減らすことができるのです。
ただ、これらを実践する上で忘れてはならない「依存」という注意すべき点があります。
例えば、ストレスを強く感じている時に甘い物や炭水化物を食べ過ぎてはいけないということをご存じでしょうか?
実はストレス過多な時期にそれらを食べ過ぎてしまうと、ストレス解消どころかますますストレスが溜まりやすい体質になってしまうことが科学的に証明されています。
そうとは知らずに食べたいものばかりを食べていると、知らない内に依存状態へと陥ってしまうのです。
これは、お酒やタバコ、違法薬物などにも全く同じことが言えます。
中でも特に多いものが、お酒を飲んで不安を紛らわすという勘違いから始まる依存です。
これも科学的に証明されていることなのですが、お酒(アルコール)には不安を解消するような効果は全くありません。
それどころか、酔いがさめる頃には不安がさらに強まるというデメリットしかないのです。
「不安になる」→「お酒を飲んで紛らわす」→「酔いがさめて不安が強くなる」→「またお酒に頼る」という分かりやすい負のループになっていることがわかります。
しかし、当の本人はお酒がないと生きていけないなど本気で信じ込んでおり、ループからいつまでも抜け出せないでいるのです。
食事には食べるタイミングや食べ物によって「お腹と心を満たす効果」と「依存させる効果」という二面性を持っています。
自分が今食べようとしているものについて、その特性をよく学んでおくということも、生きていく上でとても大切なことなのです。
4.楽食で生きる原動力を
パーソナリティ障害のような精神疾患の方の食事には、その人の心の模様が色濃く表れます。
食欲がないからと食事を抜いてみたり、急にドカ食いしてみたり。
こんな食べ方を繰り返している人は、どこか心のバランスが崩れてしまっていると見て間違いありません。
「今日は何もする気になれない…」と言って自室にこもっている方たちは、総じて食生活が乱れきっています。
そんな方に向けて「何か生きがいを見つけよう!」とか「趣味を増やしてみたら?」などとアドバイスしたところで、あまり心に響かないでしょう。
「何もする気が起きない」ということは、言い換えるならば「生きる原動力に欠けた状態」のようなものです。
では、原動力はどのようにして得ることができるのでしょう?
答えは、やはり基本に戻って「食事」ということに行き着きます。
心を病んだ人も、健康な人も、お腹が減っていては何もできません。
人が生きるためには食事が8割と言ってもいいほど、食事は生きる原動力となってくれます。
イライラするからドカ食いするのではなく、お腹が減っているからイライラしているのかもしれません。
気分がすぐれないから何も食べたくないのではなく、しっかり食べていないから気分が優れないと感じているのかもしれません。
一度しっかり美味しい物や好きな物でも食べて、誰かと雑談しながら楽しんで食事をしてみれば、嘘のように気分が晴れるかもしれません。
これらを実感するためには、楽食を通した体験が必要です。
楽食によって感じられる「ぬくもり」は、沈みがちな気分を振り払い、立ち直らせてくれるエネルギーへと変換されます。
医療の現場でも、食事療法は薬物療法や心理療法と並んで心の回復に欠かせない要素として実践されています。
依存や偏食の傾向がある方に対しても楽食はとても有効で、食事に対する意識の変化などが期待できます。
当施設が実践している楽食も、パーソナリティ障害の方たちの生きる原動力として確かな効果を発揮しています。
皆さんも日頃イライラや不安、ストレスを感じていたり、身体の不調が続くようであれば、ぜひ一度食事を見直してみてはいかがでしょうか。