皆さん、こんにちは。

シリーズブログ「パーソナリティ障害が治るきっかけ」第3回目となります。

このシリーズではパーソナリティ障害を抱えた当事者たちがどのようにして快方へと向かっていったのかを、当施設の臨床経験から見えてくる「治るきっかけ」に焦点を当てて考察していきます。

今回はパーソナリティ障害を抱えた一人の高校生が、いじめを苦に当施設へ入所され、自分のこころと向き合いながら、どのようにしてその傷を癒していったのかを振り返ってみたいと思います。

こころの傷

当時高校生だった女性Bさんが学校でいじめに遭って不登校になり、当施設へ入所されました。

彼女の第一印象は、いじめられていた影をちらつかせないほど明るく、気さくで、男女ともわけへだてなく接することができる女性でした。

しかし、数日が経つ頃には彼女のこころの傷の片りんを垣間見ることとなりました。

ふとしたことで過呼吸になってしまうことがたびたびあったのです。

やはり施設内では無理をして明るく努めていたようで、時折つらい記憶がフラッシュバックしてしまい、過呼吸が始まるようでした。

こころの傷というものは、時間をかけてもきれいに消えてなくなるものではないとよく言われています。

まして彼女はまだ、その渦中から避難してきて間もないものですから、無理もありません。

私たちスタッフは、彼女の不安を少しでも多く拭い去ることが務めであると感じていました。

人のぬくもり

彼女と同時期に入所していた方々の年齢が比較的近かったおかげか、早々に意気投合して彼女の良き話し相手や友達になってくれたことは幸運でした。

スタッフと話すよりも長い時間、仲間たちと話し合いをしていたのを今でも覚えています。

時には夜通し悩みを打ち明けあったり、セラピーやカウンセリングの傍ら、気分転換に一緒におでかけや買い物をしたりして過ごされていました。

彼女はこころの置ける仲間たちとの穏やかな日常を満喫できていたおかげか、過呼吸になる頻度がみるみる減っていきました。

実は過呼吸の他にも、入所中こそほとんどみかけませんでしたが、彼女は自傷行為をしてしまうこともありました。

自宅で彼女が自傷行為に及んでしまうと、母親はそのたびに何とも言えない感情に押しつぶされそうになったと聞きます。

必死に娘をどうにかしようと奔走されて当施設へたどり着き、窮状を訴えられたそうです。

では、そんな彼女が施設で過ごすうちに過呼吸や自傷行為の頻度が減るきっかけとなったものは一体何だったのでしょう。

大きな影響を与えたと考えられるものの一つに、当施設がなぜ利用者たちに宿泊による集団生活をしてもらっているのかということが関わってきます。

端的に申し上げますと、同じ仲間同士の共感性や、助け合いといったものが狙いとしてあります。

施設で生活を共にする仲間たちは、同じような苦しみを抱えてここに集まっていて、他の誰よりも当事者たちに理解があり、より身近で、ある意味自分を映す鏡のような存在です。

それ故、人一倍にお互い(当事者たち)を理解し、共感する才能を潜在的に持ち合わせています。

時には私たちスタッフが寄り添うよりも、その人を変えてしまう力を秘めています。

彼女の様子を見ていると、仲間たちのぬくもりがなによりも救いとなっていた様に思えてなりません。

スタッフとの関わり

時間が経ち、スタッフにも信用を置いてくれるようになった彼女が、つらかったいじめの詳細をやっとの思いで語ってくれました。

きっかけは些細なことでしたが、パーソナリティ障害特有の人とのコミュニケーションの不一致などから、あっという間にいじめに発展してしまったそうで、彼女にはどうすることもできなかったそうです。

気休めかもしれないと思いつつも、打ち明けてくれた彼女にこのようなアドバイスをしました。

「君をいじめていた人たちは、君が学校を卒業したあともしつこく追いかけてきてまで君をいじめるようなエネルギーは持ち合わせていないはずだよ。」

「今はその渦中にいるから長く感じているかもしれないけど、長い人生の中のほんの一時、苦しい経験をしたなぁというだけの話だと思える日が、きっとくるよ。」

「あの時こうしていれば、ということは考えても仕方ないよ。これから何をしようかということを、たくさん考えよう。」

いじめの傷がこんなアドバイス程度で癒せたり、まして解決したりするものだとは思っていません。

ですが、そのアドバイスを聞いた彼女の表情が少し緩んだ様子を伺えたことが、この上なく嬉しかったことを記憶しています。

考察

彼女は家の事情で、数か月という短い期間しか施設でケアを受けられませんでした。

結果からすれば、彼女は運よく短期間で回復の目途が立ったこともあり、無事に実家へと戻られました。

彼女なりに気持ちの整理がついたのか、退所間際には入所当時ほどの不安感はないと語っていました。

その後、無事学校も卒業され、実家で元気に暮らしているという便りを最後に、特に問題が起きたという連絡は受けていません。

ここで、彼女を回復せしめたものは結局何だったのかと振り返ってみます。

スタッフたちは心理士と連携して、カウンセリングや各種セラピーを交え、出来得る限りのサポートを行い、少しでもいじめから意識が離れて今後のことに目を向けられるよう、ひたすらこころのケアを行いました。

彼女自身も施設の各種ケアを利用しながらも、同期の仲間たちの助けもあってか、日々をあまり苦しまずに過ごせているように感じました。

彼女は、抱えているパーソナリティ障害の特性も相まって学友とのコミュニケーションに失敗してしまい、学校でのいじめに発展してしまいました。

そのために、同世代の友達と楽しく過ごした経験が人より少なかったのでしょう。

そんな彼女だからこそ、やはり深層心理で欲していたものは、仲間たちとこころを通わせて得ることのできる「つながり」「ぬくもり」ようなものだったのではないかと思います

自分を理解し、気持ちを共感してくれる身近な仲間というかけがえのない出会いを、当施設に入所したことで得られたのであれば幸いです。

彼女はまだ若く、これからも様々な環境や人との出会いによって更に成長していくことでしょう。

傷は残っていても、それを補える何かを習得する機会は、今後の人生においてまだまだたくさんあるものと確信しています。

最後に、いじめは心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神的な後遺症という爪痕を生涯に渡って残します。

その人の一生を台無しにしてしまうような、長期ひきこもりや、自殺などの引き金にもなりかねない危険性を決して忘れてはいけないと世に訴えていくつもりです。