娘がまた母親を罵っている。

そんな光景が頻繁だったが、

ついに娘が母親に手を上げた。

その光景を見てしまった父親は、

喉まで言葉が出かかりました。

「いい加減にしろ!」

そう叫びたかった。

娘を止めるべきだった。

妻を守らなければならなかった。

頭の中では、

感情が一気に湧き上がります。

怒りもありました。

恐怖もありました。

そして何より、

「うちの家族は危うい」

という危機感がありました。

それでも父親は、

その場で感情的になって

娘を責め立てはしませんでした。

むしろ、その出来事を境に、

父親の中で何かが変わりました。

 

 

あれこれ考えても仕方ない

それまで父親は、

何度も考えていました。

どうすれば娘が落ち着くのか。

どう言えば怒らせずに済むのか。

妻にはどうしてもらえばいいのか。

家族だけで解決できないものか。

考えれば考えるほど、

調べれば調べるほど、

答えは見つかりませんでした。

そして、暴力を目の前で見た日。

父親は一つのことを理解しました。

「家庭内でどうにかする段階ではない」

そう思った瞬間から、

不思議なくらい考えなくなりました。

それでも感情はあります。

恐怖。不安。焦り。

娘が何をし出すか読めない。

もし、支援を決めたなら、

怒り狂うかもしれない。

家を飛び出すかもしれない。

失敗するかもしれない。

父親が恐れていたものは、

一つではありませんでした。

不安はまだまだあるものの、

一つ一つ考えることをやめました。

「今は考えても答えは出ない」

そう自分に言い聞かせるように、

父親は準備を始めました。

 

 

父はやるべき準備を始めた

娘にはまだ何も伝えませんでした。

先に必要な情報を集める。

家族で相談する。

支援先に相談する。

面談の日程を決める。

必要な準備を進める。

一つ終わったら、

次のことをする。

父親は淡々と動きました。

周囲から冷たく見えたかもしれない。

しかし、心の底は冷静ではなかった。

娘に対する怒りもありました。

守りたい気持ちもありました。

見捨てたくない気持ちも…。

娘の入所支援を決めたことによって

“娘との関係がどうなるのか?”

という不安はいつまでも残りました。

それでも、

今それを考えてしまえば

きっと足が止まってしまう。

だから父親は感情ではなく、

「今やることだけをやる」

それだけに集中しました。

 

 

娘のために必死だった父

父親は、事前に

娘に支援の話をしませんでした。

先に話してしまえば、

きっと強く反発するかもしれない。

そうしたらまた母親へ

暴力が振るわれるに決まっている。

もしそうなれば、

準備が進まなくなる可能性もある。

だから父親は事を荒立てずに

できるところまで準備を進めました。

JECセンターとの相談の中で、

支援までの流れを打ち合わせし、

当日、なんとか娘を連れだし、

面談の場へ連れていきました。

そこで初めて、

スタッフを交えて伝えました。

「施設で生活を立て直してほしい」

父親が口にした言葉は、

少し震えていました。

それだけ勇気が要りました。

しかしその時にはもう、

迷っている段階ではありませんでした。

スタッフと話し合って決めたことを、

実行する段階に入っていたのです。

 

 

不安だった父にも支えが必要

支援を決行したこの父親を見て、

「なんて意思の強い父親だろう」

と、思われるかもしれません。

しかし、真実は

そうではありませんでした。

準備を進めている段階でも、

スタッフに話を聞いてもらい、

気持ちを受け止めてもらいました。

「本当に大丈夫でしょうか」

「私は間違っていませんか」

「全部投げ出してしまいたい」

それでもやるしかなかった。

この時父親には、

本当に優先すべきものが

はっきりと見えていたのです。

人は問題に直面したとき、

「不安がなくなったら動こう」

と考えてしまうことがあります。

けれど実際には、

不安がなくなるのを待っていたら、

いつまで経っても動き出せません。

父親はまさにその理屈で動きました。

不安がなくなるのを待たず、

不安を抱えたまま、

一つずつ準備を進めていきました。

一人で挫けてしまいそうな時は、

スタッフと相談して心を立て直す。

あの日の父親は、

強くなったわけではありません。

怖さを乗り越えたわけでもありません。

ただ、

「不安を言い訳にすべきではない」

そう決めて、

父親としてやるべきことを

淡々と進めました。

その静かな行動こそが、

この父親にとっての

本当の「愛情」だったのです。

 

 

*JECセンターは、20年以上に及ぶパーソナリティ障害の臨床研究と回復の実績を持つ

元臨床心理士(現:施設顧問)佐藤矢市が考案した“心理休養”に基づいたサポートを提供しています。

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