皆さん、こんにちは。

シリーズブログ「パーソナリティ障害が治るきっかけ」第2回目となります。

このシリーズではパーソナリティ障害を抱えた当事者たちがどのようにして快方へと向かっていったのかを、当施設の臨床経験から見えてくる「治るきっかけ」に焦点を当てて考察していきます。

今回は、パーソナリティ障害を抱えた一人の青年のこころの変化と、その成長を振り返ってみて、彼から学ぶことができるたくさんのことについて考察してみます。

当時の様子

当時20代だった男性Aさんのケースを紹介します。

当施設に入所されたばかりの頃、彼は「家族への恨み節」「自分には自信がない」ということを口癖のように言っていたのを覚えています。

また、彼はやや不安症気味な部分があり、ひとたび被害妄想的な思考に支配されてしまったりすると、ひどい時は過呼吸になってしまうようなこともありました。

不安を感じて気分が落ちている時などは、私たちスタッフに「どうしたら自分に自信をつけられるんですか?」と何度か質問してきたことがありました。

確かに、彼の普段の様子を振り返ってみると、自信のなさを裏付けるかのようなシーンにいくつか心当たりがあります。

例えば、人と接する時はどこかよそよそしかったり、新しいことを始めることがなかなかできなかったりと、周りからは消極的な性格に見えていたことでしょう。

施設内では用意された自室からあまり出ることもなく、食事と喫煙以外に姿を見かける機会はほとんどありませんでした。

彼が唯一やっていたことと言えば、心理士の元へ来てカウンセリングを受け、話を聞いてもらうことくらいでした。

挑戦と変化の兆し

そんな彼に対し、当時スタッフの一人がこのようにアドバイスしたことがあります。

「自信というものは身につけようとして得られるものではなくて、何かを成し遂げた時に自然と自分の中に積みあがっていくものなんじゃないかな。」

その頃から心理士のすすめもあって、彼には色々なことにチャレンジしてみるようスタッフが頻繁に言葉をかけるという試みが始まりました。

たとえどんな些細なことでも、彼に「これをやってみたらどうかな?」とすすめては、無理強いのない範囲で恥ずかしがる彼の背中を押してきました。

彼も最初は言われるがままでしたが、一つ、二つと、簡単なことからトライしていました。

やり終える度に周囲から「よくやったね!」「ありがとう、助かるよ。」などと感謝や賞賛の言葉を投げかけられることで、彼の顔には自然と笑顔が浮かびました。

そして、いつからか彼は自分の好きなスポーツに打ち込むようになり、以前とは違って日々を楽しんで過ごせるようになっていました

自発的に地域のスポーツ大会などに参加してみたりと、行動力や積極性なども備わってきたようにも思えました。

そうして施設の外の人間とも触れ合う機会が増えたせいか、以前の彼のよそよそしかった面影はどんどん影を潜めていきました。

彼は自分の欲しい物、やりたいことにも意識が向かうようになったのか、そのために必要なお金を稼ぐために就労も始め、順調に社会自立への道を歩み始めていました。

これは、彼の「エネルギー」が親への怨恨ではなく、自分のために使われ始めたという兆候に他なりません。

考察

彼は過去の家庭環境において、親にあまり自分を肯定してもらえなかったという成育歴があります。

その影響のせいか、彼の所見は家族への恨みの言葉ばかりで、自己肯定感が低く、何よりも自信がなさそうという印象でした。

彼の場合、提示してみせたアドバイスが運よくはまり、以降の積極的な行動や自信の獲得につながるきっかけになったと予測されます。

ですが実際のところ、自信を積み上げる方法は人それぞれなので、彼と同じアドバイスをしてもしっくりこないという方も居るでしょう。

ここまでをおさらいしてみると、彼に変化をもたらしたと思われる要素が「自信の獲得」以外にもいくつか見えてきます。

  • 些細なことでもスタッフから感謝・賞賛をしてもらったこと
  • すすめられたことを受け入れ、積極的に動いたこと
  • 施設内外の人間との触れ合いを持てたこと

実は、この3つの要素にはスタッフのある目論見があって彼に体験してもらったという経緯があります。

表面上の彼は「自信」を欲していたようにも思われましたが、心理士とのカウンセリングを通して、彼が深層心理(無意識下)で欲していたものはおそらく「人に認めてもらうこと」であると私たちは推測していました。

この点を踏まえ、「人に認めてもらうという経験」をたくさん積んでもらうことが、彼の入所中のひとつのテーマとなっていました。

これは結果的に彼の自信の獲得にもつながっています。

まとめになりますが、全ての当事者に対して言えることとして、快方へ向かうために必要なきっかけ(要素)は、決して一人につきひとつだけではないということがわかります。

そして、新しい環境、新しい事への挑戦には人を変える大きな力があるのだということも、彼から改めて学ばされました。