人格障害(パーソナリティ障害)を持った子どもたちの中には、頻繁に自傷行為に及んでしまうような方がいらっしゃいます。

 

これには、人格障害の特性の一つである”被害妄想”が影響していることが考えられます。

 

そこで今回は、過去に自傷行為を繰り返してしまっていた女性Aさん(当施設の卒業生)の臨床記録から、原因や傾向などを探っていってみたいと思います。

 

被害妄想と自傷行為

娘を心配する母

人格障害の被害妄想が原因とされる自傷行為を考えていくにあたって、まずは被害妄想がどのようにして被害妄想が起こるのかについて説明していきます。

 

まず、被害妄想が表れるようになるまでには必ずと言っていいほど”被害感情””被害念慮”という被害妄想の予備軍のような状態を経由することがわかっています。

 
「人からバカにされているように感じる…」

 

「みんなに嫌われているのではないか…」

 

このような心配事が頭の中でぐるぐると渦巻いている状態などがそれにあたります。

 
しかしこれは被害妄想に比べれば軽度な状態であり、まだ頭のどこかでは「今感じていることは自分の思い込みからくるものだ」という自覚を持っています。

 
つまり、この状態であれば周囲の人が訂正を促したり、現実検討を行ってあげることですぐに我を取り戻し、簡単に被害意識から解放してあげることができます。

 
ところが完全に被害妄想まで状態が進んでしまうと、

 

「私は絶対周囲にバカにされているに違いない!」

 

「あいつは私のことを傷つけようとしている!」

 

「やられる前にこちらから攻撃してやろう!」

 

といったように、あたかも自分の中で感じていることが現実の世界で実際に起きたことのように錯覚し、その考えが絶対であるかのような思い込みに支配されてしまいます。

 
この段階に達してしまうと、いくら周りから注意されたところで全く聞く耳を持たず、他者が被害意識から解放してあげることは困難を極めるでしょう。

 
それどころか、誤解を正そうとしてきた周囲に向かって「私の苦しさを何も理解していないお前たちが悪い!」と、敵認定されたうえで攻撃対象にされてしまうおそれがあります。

 
このように、周囲や現実の感覚(情報)と本人の感覚がかけ離れてしまった状態被害妄想というものです。

 

人格障害と診断されたAさん

暗がりに立つ女性

人格障害の臨床研究から、自傷行為が起こるまでには思い込みや被害妄想などによる一定の刺激が大きな影響を及ぼしていることがわかっています。

 

過去に当施設へ入所されていた女性Aさんも、医師の診断の結果”人格障害”であることがわかったことをきっかけに、その止まらない自傷行為の原因究明を始めました。

 

「私なんて生きている価値がない…」

 

「私は誰からも受け入れてもらえない…」

 

 
家族や周囲からは「そんなことはない」と声をかけ続けられてきたAさんは、いつも自分の頭の中にそのような思い込みを抱いていたそうです。

 

当時の彼女にとって、その思い込みこそまぎれもない”現実”だったことは言うまでもありません。

 
また、人格障害の特性上、このような被害妄想は家族やパートナーのような関係が近しい人に向かう傾向があり、家族は彼女の不安や不満の対象として忌み嫌われ、家族関係は劣悪な状態でした。

 
「なんで私ばっかりがこんな目にあうんだ」

 

「なんで貴方の為に耐えないといけないのか」

 

このような思考から逃げるために、彼女は自分の身体のあらゆる箇所を切ったり傷つけたり、OD(薬の多量服薬)をしたりしていました。

 
しかし、それら全ては決して死にたくてとった行動(自殺未遂、自殺企図)ではありません。

 
現実の我慢していることやつらいことから、一時的にでも逃避することを目的に行っていました。

 
例えばリストカットをした場合などは、

 

「血が流れてるから私はまだ大丈夫」

 

「切って死なないからまだ耐えられる」

 

といった思い込みをすることで気分を紛らわそうとしていました

 
逃げるために自傷して、その自傷した痛みで現実の痛みにまだ耐えられると実感するのだそうです 。

機嫌の悪い両親

実は彼女がこうなってしまった原因の一つとして考えられているものは、彼女の成育歴にありました。

 

彼女の両親は、まだ幼かった彼女が泣くとすぐに暴力を振るうような人物でした。

 
泣いている理由も聞かず、泣き止むまで頬をひっぱたくことがたびたびあったそうです。

 
そうした行為は幼い子どもにとっては恐怖でしかありません。

 

逃げる術を知らなかった彼女は、子どもなりに「家族はこういうものだ」とか、「しつけは暴力なんだ」と自分に言い聞かせ、我慢を続けてきたそうです。

 
そんなある日、両親が失敗したり、泣いたりしても自分のように殴られないことに対し、彼女は不信感を抱くようになりました。

 
「親は私と似たようなことをしているのになんで怒られないのだろう?」

 
彼女の頭の中はそんな疑問でいっぱいになっていきました。

 
そのときから、「私は親からひどいことをされている」と感じ始めるようになりました。

 
しかし現実に抗う術を知らない彼女は、その現実から逃れるために段々と自傷行為をするようになっていきました。

 
成人を迎えた後は、過去のように親からの理不尽な暴力はなくなったそうですが、彼女の頭の中では常に「また同じ目に遭うのではないか…」と考えてしまう癖がついてしまったのです。

 
彼女の場合、子ども時代のつらい体験が原因となって、大人になった現在も人格障害としてその被害妄想の特性が表れ、苦しみ続けていたのでした。

 

第三者による心のケア

泣きながら相談する女性

過去のつらい体験やトラウマなどから自傷行為に及んでしまうようなことは決して少なくありません。

 

彼女のように、人格障害や被害妄想まで合併してしまっている方の自傷行為の苦しさは想像を絶します。

 

そうした方たちのケアにおいて、心を第一に考えることは当然ですが、その気持ちを当事者以外が理解してあげることは簡単なことではありません。

 

先に述べたように、気持ちをわかってあげたくても当事者に近しい人間ほど被害妄想の対象となってはねのけられ、相手にもしてもらえないことが予想されるためです。

 

当施設が行っている人格障害の臨床現場では、こうしたことから第三者である心理士が当事者たちの話に耳を傾け、気持ちに寄り添って言い分を認めてあげることで、徐々にその心を解きほぐしていきます。

 

その際、決して相手の話を否定したり、余計な口を挟んだりはしません(これをしてしまうとたちまち被害妄想の的にされてしまうため)。

 

自分の中にため込んできた気持ちを全て吐き出させるかのように、心理士は静かに話を聞き続けます。

 

これをしばらくの期間続けていくことで、被害妄想や自傷行為などの表立った症状は和らいでいきます。

 

これは、自分の話を聞いてもらえたことや、認めてもらえたと感じることで得られる安心感などによって、心に余裕が生まれ始めているという兆候を示しています。

 

その様子をスタッフ全員で見守りつつ、折を見てその心の深い部分(深層心理)に問いかけていくことで、人格障害が快方へと向かっていくことがわかっています。

 

しかし、自傷行為によってついてしまった体の傷と同じく、心の傷も簡単に消せるものではないため、こうした一連のケアを長く継続していく必要があります。

 

そのためには、当事者と家族と、私ども支援者との信頼関係が何よりも大切であると考えています。

 

私どもは、このような深い傷を本気で癒したいと考える当事者やご家族たちを支えていくために、日々支援の手を差し伸べ続けています。

 

もしも自傷行為を続けてしまう子どもにお悩みでしたら、一度当施設へご相談いただければ幸いです。

 

 

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