パーソナリティ障害(人格障害)の症状の中に「自殺を目的としない何らかの自傷行為を行う」というものがあります。
自傷行為を行う人は、その6割が10回以上に渡って自傷を繰り返しており、うち大半の方が病院などを受診していないと言われています。
もちろん、そうした行為をやめさせるためには早期の受診やケアを受け、原因治療を行うことが必須とされています。
しかし、自傷行為は人目に付かない場所(自室など)で行われていることがほとんどで、発覚が遅れてしまうことも多々あります。
自傷行為そのものは決して非難されたり咎められるような行為ではありませんが、やはり将来のことも考えて自分の体を傷つける行為は避けるべきでしょう。
今回は、そんな自傷行為と関連の深いパーソナリティ障害の影響も解説しつつ、自傷行為への理解を深めていただければと思います。
【目次】
2.自傷の種類 |
1.自傷はなぜ起こる?
過去記事「自傷行為を続ける子どもと人格障害」でもご説明したように、自傷を行う目的は、孤独、不安、苦しさ、悲しさ、ストレスなどから逃れるために行われる回避行動です。
アメリカ精神医学会による「精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)」においても、
「自傷は、不安、落ち込み、痛みなどを和らげ、心を麻痺させるメカニズムとして行われる」
「自傷は、あくまで苦しみなどへの対処として行われ、自殺を目的としない」
と述べられており、境界性パーソナリティ障害(BPD)との関連性についても言及されています。
自傷行為が起こる感情的な苦痛の背景には、必ずといっていいほど過去または直近のつらい出来事や不安などが引き金となっていることが考えられます。
特に、パーソナリティ障害に特有の認知の歪みなどから生じる誤解やいき違いは、それらの頻度を跳ね上げてしまうのです。
人に拒絶された、見捨てられたという不安(必ずしも事実ではない)によって、不安定になった精神状態が引き起こす逃避行動の結果が自傷行為というわけなのです。
例えば、ある症例では自分の手首をリストカットして流れる赤い血を見ることで自分の”生”を実感でき、死の恐怖から逃れているというような方もいらっしゃいます。
2.自傷の種類
自傷と一口に言っても、その種類は多岐に渡り、身体を傷つけないタイプの自傷も存在します。
自傷行為に該当するものとして代表的なものには、次のようなものが挙げられます。
【自傷に該当する行為】
・リストカット(手首、腕、足、胸、他)
・アルコール、薬物等の過剰摂取(オーバードーズ、OD)
・タバコやライターなどで皮膚に火傷(根性焼き)
・怪我をするまで物を殴る、壊す
・治りかけの傷をえぐる(かさぶたを剥ぐ等)
・皮膚を噛む、えぐる
・過食や拒食(摂食障害)
・援助交際や避妊を行わない性行為(女性のみ)
これらの中でも、アルコールや薬物の過剰摂取を頻繁にしてしまう方は命に関わる可能性が高いことから注意が必要です。
一般的に自傷と聞くとリストカットのように体を傷つけるものだけを想像しがちですが、ここで例に挙げたように体を直接傷つけないような行動も自傷行為とみなされることを知っておいてください。
本人たちにとっては、今のつらい気持ちから逃れるためには自傷するしか方法が思いつかない心理状態なため、自傷の繰り返しから抜け出せずにいるのです。
可能であれば周囲が早めに気づいて話を伺ってあげたり、それらにとって代わる、苦しみやストレスから逃れるための有効な手段を一緒に見つけてあげるとよいでしょう。
3.自傷をやめさせるには
自傷行為が発覚した時、周囲がやってはいけない対応がいくつかあります。
大げさに反応したり、拒否反応を示したり、無理にやめさせようとしないことです。
自傷行為に至るまでには心に何らかの根深い原因があることが前提で、すぐにやめようとしてやめられるものではありません。
まずは「どうして自傷行為に至ったのか」や「今どんな気持ちに苦しんでいるのか」という話に耳を傾け、気持ちに寄り添うようにしてあげてください。
病院などで自傷行為の診断を受けると、治療のために精神療法や薬物治療などをすすめられることが多いと思います。
病院へ行くことが困難な場合は、自傷行為に代わるストレスや苦しさからの軽減方法を覚える方法や、不完全な自分を愛し、受け入れるといった方法もあります。
実際に、当施設でも心理ケアと並行して代替え手段による自傷回避の方法を学習してもらっています。
ここで参考までに、具体的な代替え手段についていくつかご紹介しておきます。
【自傷回避のための代替え手段】
・筋トレ、軽めのジョギング
・赤ペンで傷つけたい箇所を気が済むまで塗りつぶす
・カラオケ、大声で叫ぶ(迷惑にならないよう工夫して)
・いらないチラシや雑誌などを破る
・クッションや布団など軟らかいものを殴る
・深呼吸、瞑想
・気持ち・考えを紙や日記などに書き記す
・音楽を聴く、楽器を演奏する
・人と話す(相談、雑談など)
・趣味に没頭する
・食事や睡眠などでリフレッシュする
これらを行うことで、自傷したいという衝動にかられたとき、その場しのぎになってくれることが期待できます。
しかし、自傷衝動そのものを無くすためには問題の根本を探り、原因治療を行っていくしかありません。
そのためには、医師や心理士などの専門家と協力しながら、どのようにして行われるのかを記録(観察)したり、考察や分析を繰り返し、原因へのアプローチを焦らず進めていくとよいでしょう。
ちなみに、なぜ専門家の協力が必要なのかと言う理由については、本人たちにしかわからない心理状態にこそヒントが隠されていました。
臨床記録からわかったことは、「無意識に襲ってくるモヤモヤ、ザワザワ感から逃れるためにやっと見つけた(獲得した)方法をみすみす手放したくないために、他者からの助言を受け入れたり、従ったりすることに抵抗がある」というものだったのです。
つまり、自傷行為とは本人たちにとって「持っていると安心できる”常備薬”のような認識」だったと言っても過言ではないでしょう。
4.パーソナリティ障害との関連
自傷行為をする人たちは、ほとんどの場合何らかの精神疾患である可能性が考えられます。
うつ病やPTSD(外傷後ストレス障害)、パニック障害、解離性障害と並んで多いものがパーソナリティ障害(特に境界性パーソナリティ障害)です。
なぜ今回、パーソナリティ障害に自傷行為が多いというテーマになっているのかという理由がまさにここで述べた精神疾患の種類にあります。
パーソナリティ障害には複数の精神疾患を併発してしまうという特性があり、パーソナリティ障害本来の特性に加えてうつ病のような他の疾患を同時に抱えてしまうことにより、臨床記録からも高確率で自傷に走ってしまうことがわかっているためです。
また、自傷行為は不安やストレスなどに弱い(または過敏)な心にも大きな原因があります。
そのため、自傷行為の治療はその元となっている精神疾患の治療から始まるのです。
皆さんも家族や友人、あるいは自身が自傷行為に悩んでいるようでしたら、まずは心の治療(メンタルケア)を視野に入れて医師や心理士に相談を持ち掛けることをおすすめいたします。