・「仕事に行きたいけど、面倒くさい」—Oさんの葛藤

 

OさんがJECセンターに入所したのは、27歳のときでした。

 

彼女は境界性パーソナリティ障害と診断され、感情の浮き沈みが激しく、毎日のように発作を起こしていました。

 

特に親との関係には深い葛藤があり、「親に腹が立ってそれどころではない」という理由で仕事を続けることができず、家に引きこもることが多かったのです。

 

Oさん自身は「仕事に行きたい」と言うものの、実際には「面倒くさい」「どうせ続かない」と自分に言い訳をして行動を起こせませんでした。

 

その裏には、自己肯定感の低さや、何をしても満たされない虚無感が根底にありました。

 

 

「生きる意味がわからない」—希死念慮との戦い

 

JECセンターに来る前、Oさんは希死念慮を抱え、OD(過量服薬)をしたこともありました

 

「生きている意味がわからない」「私がいなくなれば、親も安心できるのではないか」とスタッフにこぼしたこともあります。

 

Oさんの親は、彼女の情緒不安定さに疲れ果て、「腫れ物に触るような接し方」をするようになっていました。

 

Oさんが怒らないよう、余計なことは言わず、常に彼女の機嫌をうかがうような生活。

 

親自身も精神的に追い詰められ、「どう接していいかわからない」とともに「怖さ」を感じていたのです。

 

しかし、Oさんにとっては、その親の態度がかえって孤独感を強める原因になっていました。

 

「どうせ私は迷惑をかけるだけの存在」「愛されていない」と感じ、さらに感情のコントロールが難しくなっていきました。

 

 

感情の激変による発作と物に当たる行為

 

入所前のOさんは、毎日のように発作を起こし、感情のコントロールが難しい状態でした。

 

ちょっとしたことで怒りが爆発し、物に当たっては壊してしまうことも少なくありませんでした。

 

急に機嫌が悪くなることも多く、周囲の人々はその変化についていけず、彼女との接し方に困っていました。

 

JECセンターに入所してからも、その傾向はすぐにはなくなりませんでした。スタッフが注意深く見守る中でも、突然怒りが湧き上がり、物を壊してしまうことがあったのです。

 

しかし、Oさん自身も「このままではいけない」と薄々感じていました。

 

 

スタッフの支えで少しずつ見えてきた変化

 

JECセンターでは、Oさんが感情を爆発させるたびに、スタッフが冷静に話を聞き、彼女の気持ちを整理する手伝いをしました

 

怒りの根本には何があるのか、どうすれば感情をコントロールできるのか、一緒に考える時間を持つことで、Oさんは少しずつ「話すことで落ち着ける」ことを学び始めたのです。

 

その結果、入所してから数ヶ月で、発作の頻度は「毎日」から「週に一度ほど」へと減少していきました。

 

感情が高ぶっても、すぐに爆発させるのではなく、まずはスタッフに話すという習慣が身についてきたのです。

 

しかし、彼女の中にはまだ、「何かのスイッチが入ったかのように突然機嫌が悪くなる」という特徴が残っていました。

 

これは、長年の思考パターンが影響しており、回復のためにはさらに時間とサポートが必要でした。

 

 

回復の兆しと、次なるステップへ

 

Oさんは少しずつ、感情をコントロールする術を学びつつありました

 

しかし、まだ完全に安定したわけではなく、「怒りを爆発させずに過ごす」という課題が残っています。

 

ここからはOさんがどのようにして自分の感情と向き合い、怒りをコントロールする方法を身につけたのかについて、そして社会復帰に向けてどんな一歩を踏み出したのかを詳しくお伝えします。

 

 

自分と向き合う努力を続けるOさん

 

JECセンターでの生活が数ヶ月を過ぎるころ、Oさんは徐々に自分と向き合う姿勢を見せ始めていました。

 

相変わらず感情の浮き沈みはありましたが、それでもスタッフに悩みを打ち明けることを続けていました。

 

以前のように感情を爆発させるだけでなく、「どうしてこう感じるのか」「なぜこんなに怒りが湧くのか」と、自分の気持ちを少しずつ整理しようとしていたのです。

 

しかし、パーソナリティ障害の回復には時間がかかります。

 

特に境界性パーソナリティ障害は、人間関係や環境によって気持ちが大きく揺れやすいため、日々の些細な出来事で調子が変わることも珍しくありません。

 

そんなある日、Oさんに大きな試練が訪れました。

 

 

母親との何気ない会話が引き金に

 

ある日、Oさんは実家の母親と電話で話しました。

 

特に深刻な内容ではなく、何気ない会話だったのですが、母親の言葉の端々に「本当は私のことを面倒くさいと思っているのではないか」「やっぱり私なんかいない方がいいんじゃないか」という気持ちが湧き上がってきたのです。

 

それまで冷静に話していたはずが、一気に感情が乱れ、不安定になってしまいました。

 

電話を切った後も気持ちの整理がつかず、耐えられなくなったOさんは、センターから突然姿を消してしまったのです。

 

 

2週間の「一人になりたい」時間

 

Oさんがセンターを出た後も、スタッフとはなんとか連絡が取れていました。

 

幸い、彼女の安否は確認できたものの、「しばらく一人になりたい」というOさんの強い希望を尊重し、スタッフは深追いせずに見守ることを選びました。

 

それから約2週間、Oさんは自分なりに考え、悩み、どうすればいいのかを模索していました。

 

そしてある日、彼女は自らの意思でセンターに戻ってきたのです。

 

「やっぱり一人ではどうにもならなかった」

 

そう呟いたOさんは、少し疲れた表情を浮かべていました。

 

しかし、それでも戻ってくる決断をしたこと自体が、彼女にとって大きな一歩だったのです。

 

 

焦る気持ちと、決断の時

 

センターに戻った後も、Oさんはスタッフに自分の抑えきれない感情を相談し続けました。

 

「どうしてこんなにイライラするのか」「不安でたまらない」「何をしても満たされない」—そんな悩みを繰り返しながらも、Oさんなりに頑張っていました。

 

しかし、回復には思った以上に時間がかかることを実感するにつれ、彼女は焦りを感じるようになりました。

 

「いつになったら私は普通になれるの?」「もう疲れた」「ここにいても、私は変われないのかもしれない」—そうした思いが積み重なり、Oさんは1年を待たずにセンターを退所する決断をしました。

 

スタッフは、彼女の気持ちを尊重しつつも、「焦らなくていい」「回復には時間が必要だよ」と伝えました。しかし、Oさんの気持ちは変わらず、「もうここを出たい」と決意していました。

 

 

回復には「継続すること」が何より大切

 

パーソナリティ障害の回復には、本人の努力だけでなく、周囲の理解と辛抱強さが必要です。

 

Oさんのように、途中で苦しくなり、回復の道を途中でやめたくなる人は少なくありません。

 

しかし、紆余曲折を経ながらも、継続していくことこそが、回復につながる道なのです。

 

センターを退所したOさんは、その後一人暮らしを始めました。

 

以前よりも感情の起伏は落ち着いてきたものの、それでも突然のさみしさや不安、孤独感に襲われることがあると言います。

 

そんなとき、彼女は時々センターのスタッフに電話をかけるようになりました。

 

「今、不安でどうしようもない」

 

「またイライラして、自分をコントロールできなくなりそう」

 

そんなとき、スタッフと話すことで気持ちを整理し、冷静さを取り戻すことができるようになったのです。

 

 

パーソナリティ障害と向き合い続けることの大切さ

 

Oさんの回復は、まだ道半ばです。

 

しかし、彼女は「話すことで気持ちが落ち着く」「自分の感情を理解しようとする」という大切なスキルを身につけました。

 

そして、何かあったときには頼れる存在がいることも、彼女にとって大きな支えとなっています。

 

パーソナリティ障害の回復は、一朝一夕で成し遂げられるものではありません。

 

親も、本人も、辛抱強く向き合い続ける時間が必要です。

 

Oさんのように、途中でくじけそうになることもあるかもしれません。

 

しかし、紆余曲折があっても、回復への道を歩み続けることが大切なのです。

 

JECセンターでは、Oさんのように悩みながらも一歩ずつ前に進もうとする人たちをサポートしています。

 

もしあなたやあなたの家族がパーソナリティ障害に悩んでいるなら、一人で抱え込まずに、まずは一度、電話又はメールに相談してみてください。

 

あなたが自分らしく生きられる道を、一緒に見つけていきましょう。

 

*本コラムは、20年以上に及ぶパーソナリティ障害の回復実績を持つ

元臨床心理士(現:施設顧問)佐藤矢市が考案した”心理休養”に基づいています。

 

 

【お問い合わせ情報】
Tel:0274-62-8826(担当:佐藤)
受付時間9時~20時(年中無休)

 

 

JEC心理宿泊センター 公式 Instagram