皆さん、こんにちは。
「病識」というのは、読んで字のごとくですが、自分には何かしらの問題や病が存在していることを認識しているということを意味しています。

では、どうしたら病識がない人が病識を持つことが出来るようになるのでしょうか?

私の臨床経験から、この「病識」というのは、色々な経験や体験、出会いの中で、無理矢理押し付けられたり、一般論を強要されたりするのではなく、自分が「安心できて、認められて、守られた環境」の中で「誇りをもって、希望を感じて、受け入れていくもの」だと確信しています。

1対1のカウンセリングだけでは限界がある

1体1のカウンセリングや面接だけでは、本人が病識を認識し、自覚していくには限界があります。

なぜならば、1対1の面接では「何が自分の問題なのか?」ということを考える場面で、支援者の受容的・共感的姿勢や支持的アプローチから、本人の感情面を表すのに、相当な時間を要するからです。

この間に、彼らは自分の都合や思い通りにならない不満や怒りを露わにしていきます。

もちろん、些細なことから大きなことまで、様々な要求や要望を主張してきます。

これを繰り返しているうちに、病識に気が付く前に、時間オーバーになってしまったり、自分の思うように受け答えをしない支援者に落胆し、ドロップアウトしてしまうケースも少なくありません。

親の本気さと覚悟が必要

被害妄想がある方との関係作りは、実際とても大変なことですが、少しでも彼らが「認められた」と思えるかどうかがカギとなり、本来の健全性を取り戻していくキッカケになるのです。

日々私たちは、この「被害妄想」に対して根気強く、丁寧に対応することを常に心がけています。

彼らとの「信頼関係作り」には、多大な時間と労力が必要ですが、認められた子ども達は、本来の健全性を少しずつ取り戻していくのです。

家族だけの対応で「病識がない」子ども達を、必死に変えようと努力することは、非常に困難です。

「今親として何をすることが必要か?」と言えば、「自分たちだけでは限界がある」ということを悟り、専門家にお願いするということです。

その誠実な気持ちを持てるかどうかが、病識のない子ども達に変化を与えるキッカケとなります。

つまり、親の本気さと覚悟が試されるというわけです。

親自身の本気さと覚悟があれば、お子さんは徐々に変化を表し始めるのです

そこまでがご家族でやっていただきたい領域なのです。

これは私たち専門家でも入れない領域ですので、希望をもって、諦めずにやってみて下さい。

もちろん、お子さんとの向き合い方や本気さや覚悟を伝える伝え方などについてのアドバイスは一緒に致します。

問題が長期化しているケースであっても、決して諦めないで下さい。