d674da5580c03335f575fca5236cd8b2_s心の病を抱える方の多くには、人との「つながり」を感じられなくなってしまった方や孤独と寂しさで心の中がいっぱいになってしまった方がいます。

「つながり」を感じられず、寂しさを感じている時、特にパーソナリティ障害の人たちは、あらゆる依存対象にすがったり、過食嘔吐や自傷行為を繰り返したり、誰かにしがみつこうとしたりといった行動を取ることがあります。

中には、人と「つながる」ことがよくわからず、関係ができ始めた途端に、急いで自分から関係を絶ってしまう人もいます。

つながりを感じる時:

では、「つながり」を感じるとはどういう時なのでしょうか。

いろいろな視点で説明ができると思いますが、こんな言葉で表現したいと思います。

52df3275c7e438d5e2f5ef349359e46b_s「つながり」とは、「自分は一人ではない」と感じられた時に感じるものです。

別の言い方をすれば「感情のコミュニケーション」が感じられた時のことです。「つながり」とは、「状況」だけでなく、その時の「感情」によって感じられるものなのです。

ですから、誰かと一緒にいても、誰かに連絡を取っても、誰かを思い浮かべても、そこに「自分はひとりじゃない」という感覚がついてこなければ、「つながり」を感じることはできません。

状況的に誰かとコミュニケーションがあったとしても、そこには感情が必要です。そして、感情を感じるためには、その誰かとの「感情のコミュニケーション」が必要なのです。

感情のコミュニケーションとは?

では、どんな時に、人は「一人ではない」と感じられるのでしょう。

そのひとつは、「誰か」が「自分のこと」を「わかってくれた」あるいは「受け入れてくれた」と感じた時です。

1c3175edea1dd185e66aee549859feb9_s私たちは、誰もが自分のことを理解してほしい、受け入れて欲しいという承認欲求を抱いています。それを感じられた時、「自分は一人ではない」と感じ、相手との間に「つながり」を感じることが出来るのです。

ところが私たちは、日常で「わかってくれた」「受け入れてくれた」という感情を感じることが難しいようです。

実際、私の元を訪れる方々には、この「つながりを感じられない」ことが、様々な問題の原因になっていることがあります。

例えば、「孤独感」や「寂しさ」の苦しさです。友達や恋人がいない、という話はもちろんですが、友達はたくさんいるのに「安心してなんでも話せる人がいない」人、夫婦や家族と一緒に暮らしているのに、「孤独」や「寂しさ」を感じている人、状況的には「一人ではない」のに、感情が「ひとりぼっち」と感じてしまっているケースはたくさんあります。

「つながり」を感じられない時、私たちは孤独や寂しさを感じます。

「一人ぼっち」というのは、「誰ともつながりがない」つまり、「私をわかってくれる・受け入れてくれる」と感じられない時に感じるものなのです。

私の気持ちを「わかってくれた」「受け入れてくれた」と感じた時、人は「ひとりじゃない」と感じることが出来ます

そうして初めて、誰かとの感情のコミュニケーションを取り始めることが出来ます。そして、誰かとの感情のコミュニケーションの中で、「安らぎ」や「あたたかさ」を感じることができるようになり、その中で、誰かに対して「応援」「感謝」「幸せを願う」ことができるようになるのです。

感謝を伝えることが感情コミュニケーションの第一歩

「つながり」を得るための方法の一つは、「自分の思いを周りの人に発信していく」ことです。

周囲の人に、どんな思いをもっているでしょうか。自分のその思いを感じてみましょう。

9d8cb54fa2b1aaa825db778275d266c4_sそして、その中から、まずは「感謝の思い」を探して、発信していきます。小さなことでも「ありがとう」と伝えてみることです。これだけでも、誰かから「感謝のお返し」という反応が返ってきやすくなります。

これが「感情のコミュニケーション」の第一歩になります。

これを続けていくためには、周囲の人をよく観察して、自分の思いを感じることが必要になってきます。

こういった視点で周りの人を見て、発信していくと、少しずつ、今まで気が付かなかった周りの人からの視線や思いに気づいていくことが出来るようになります。誰かから、見守られ、応援され、愛されているということに気が付いてきます。

誰かを見て、思いを発信していった度合だけ、誰かから見られ、思いを発信されていることに気づくことが出来るのです。

自分が誰かに「つながり」を持って見る姿勢でいることは、「誰もが実は、見て、見られている」という感覚をつかむことができ、いつも「つながり」を感じられるようになっていけるのです。